2005年12月05日

オトナの話、コドモの話。

しまった、ポールのミラクル大作戦のDVDレンタルしたのに見忘れてる。
明日の朝返却しなきゃ…今から見るか…。



みかんR氏の描く女の子の表情がエロいと思う。
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2005年12月04日

シンポジウムに参加した

CRASH!

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モニタもなかった頃のコンピューターゲーム。
月の着陸に失敗すると、こんなかんじのロケットのAAがタイピングされたらしい。


Bravery
Vocation for Creation
Energy
恐れずに立ち向かう勇気と、
使命感、
そして気力が大切だと、
パックマンの生みの親、岩谷徹氏が講演されていた。

その後も濃い話をたくさんの方から教えていただいたし、
帰りに先輩は鼻血出すし、
なんとも濃い1日だった。

DS年内に買う。
動物の森する。
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2005年12月01日

悪魔萌え

悪魔〜という人もいれば「アイちゃんがすきだぁ〜」という人もいるわけで。
電車走行中「アイちゃん好き」運転士奇声 乗客が非常通報
独り言でかすぎ。

まぁ、悪魔ですよ。悪魔の囁き。
悪魔の囁きで、罪は許されるのでしょうか。
神とかをあまり信じない日本人にとっては理解しがたい話…。
まぁ、本当に悪魔がいたとしても、
悪魔を入り込ませてしまった、そして自我を保てなかったのは彼自身だし、
被害者遺族からしてみれば犯人=悪魔でしょう。
殺人が悪魔のせいなら、マンションの書類改竄も、アイちゃん大好きも、悪魔が乗り移ったからなのか…。悪魔さん冤罪おつかれっす。
真実は神のみぞ知る。

流行語大賞が「萌え」のせいで異色の授賞式になってる件について。
萌えなんて結構前から言われてたのに。
top01.jpg

来週のテレビチャンピオンは萌えコス選手権という話を友人から聞く。
萌と入れれば視聴率取れると思ってんじゃねーよ!
いや…たぶん見るけど!

昨日は11時には寝たのに、今日はなんだかんだで晩御飯までまともに起きれなかった。
10時に起きて12時に起きて、2時に起きて、4時に起きたけど起きれず。
学校行かなきゃと思いながら身体はだるいし目眩もするし起きないし…。
きっと悪魔が…なんていいたいとこだけど、私が悪うございました、ごめんなさい。
来週からはちゃんと学校行きます。
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2005年11月30日

変態女にうってつけの夜

AM3:00、ワトソン氏と入浴。

彼は白く美しすぎるのでシャワーを浴びるのみ。体を洗うなど不要。むしろ余計に汚れてしまいそうなほどの白さ…。
濡れる肢体、したたる雫。水により、そして風呂場に立ち込める湯気にさえ反応し清められた彼の肌は、先程にも増してしなやかに、敏感になる。
真っ白な身体に傷が付かぬようそっと触れ、軽く雫を拭い抱き抱える。水分のせいか入る前より少し重く感じられた。
リビングまで運び、そのまま床に押し倒す。
まだ渇ききってない体(渇かれても困るのだが…)で濡れるリビング。
さぁ情熱プレイの始まり。チャンスは一度。
ああ、美しくはりつけたい!続きを読む
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2005年11月29日

巡礼の道

べつにFLASHに奮闘してたわけじゃないんですが。
普段使わないエクセルに奮闘してました。
グラフのサイズ変更の仕方がわからず、最終的にadobeに逃げました(゚∞゚)
そしてこんな時間。

朝起きれない時は前日に「○時にはここに戻って来れますように」と守護天使にお祈りすると、お目覚めぱっちりだそうです。
本当に、朝起きれないので、やってみようと思いました。そう思ったとき、ああ、これが信仰なのかと開眼しました。

今日やったら、何時だか知らないけど起きてストレッチしたことは何となく覚えています、身体が痛くてポキポキしてたんです。でも寝てました。祈りが足りなかったのでしょうか、それとも祈り方が悪かったのでしょうか。教えて守護天使。

今日はオールナイト模倣犯をして、すがすがしい気持ちで朝を向かえようと思います。ごめんなさい守護天使。


早く寝ればいいのに
それは禁句。
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模倣犯

模倣犯の文庫本が平積みされているのを発見し購入。
800円か…まぁいいや。
と思って読んでたら、
妙に字がでかい。
模倣犯てハードカバーの時も分厚かったよなー…
…ん…タイトル「模倣犯」…ん…

「模倣犯(一)」

…そりゃね、この字のでかさ、この厚さで1巻完結はないか。
って、5巻まであるのか…。

最近サリンジャーとか古い小説読んでたから、文字の大きい小説見ると違和感が…
文字小さくていいから、京極夏彦の本みたいに分厚くならないかなぁ…。
その方が安く済むのに…とね。


百貨店でまた靴にときめく。
ときめいてみたものの、いろいろ考えた結果スルー。
華麗にスルー。ブルーにスルー。


貯金しても使わなかったら意味ないなぁ…。
エリクサーをラスボス用に置いといても、結局使わない…みたいな。

学校の近くにメイドカフェがあるらしい。
posted by 蓮 at 01:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

毎日小さな村で、自分と家族が食べる分だけの魚を獲って、あとはのんびり過ごすという生活をしている漁師に、大都市からきた旅行者が言う。
「何故もっと漁をして稼がないのか。」
それに対して漁師は「稼いでどうするのか。」と尋ねた。
「魚を売って、もっと大きな漁船を買って、水産の企業なんかを興して、都市に出ればいい。」
漁師はまた尋ねる、「そこまでで何年かかるのか。」
「25年位かな。」
「それからどうするの。」
「企業の株を売って億万長者になって…」
「それで?」
「そしたら、小さな村に住んで、釣なんかを楽しみながらのんびり過ごすんだ。」

そんな話があったような…。


今日は友人と謎の語らいを。
何の話からか無人島に住もうという話になる。
自給自足の一人暮らしだったらお金も要らない。
でも1人だと寂しいから女5人ぐらいで行く。
ある時男が流れ着いたら、きっと取り合いになるんだろう。
と、まぁまずこんな話。
そして、ボケたくないという話になる。
でもこの世界は将来みんな若いうちからボケそうだ、と。
一方平均寿命は医学の発達で上がり続け、世の中は"ボケ"だらけに。
それとは反対にバリバリ働く"エリート"達。
増えすぎた"ボケ"に対処すべく、隔離島を作る。
たまに島を脱出というかポロッと出てきた"ボケ"が"エリート島"に流れ着いてみたり。
妄想の上で成り立つ島話。
うちは、過ごすとしたら"ボケ島"で。

ところで、何もない部屋にずっと閉じ込められると人間発狂するそうです。
発狂というと、前にも書いた一家監禁殺人事件を思い出した、通電で洗脳した話。
フロイトも発狂して死んだんだっけ。

さらに性癖の話になり、カニバリズムの話になり、SMの話になり、
なんとも濃くも無意味な時間を過ごしていたのでした。
posted by 蓮 at 00:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月27日

享年ハタチ

卒制のアドバイス会、そして粉砕。
もうね、玉砕っていうか、玉という塊すら残ってませんよと。
重い荷物を引っ張りすぎだといわれる。
引きずるのは得意です。
そして自我って何だ。aはaにしか見えんぞゴルァ。

友人と自分の生きる理由について意気投合。
とりあえず、死なない協定を結ぶ。
フラニーとゾーイーを貸す。

こういう時にかぎって、また歩道橋を渡ってしまい路上バンドに遭遇。
うひー、キチガイになりそー。
高速旋回で遠回り。

ここはとりあえず、次のラフを考えよう。
さっさとこの泥沼を抜け出したい。
posted by 蓮 at 22:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月26日

アンパンマン

アンパンマンの歌が意外と重いテーマを扱っている件について。

なんのために生まれて、なにをして生きるのか。
なにが君の幸せ、なにをして喜ぶ。
時ははやくすぎる、光る星は消える、だから君は行くんだほほえんで。

重い!

テディ…セオドア・マカドールがアンパンマンの歌を聞いたら、一体どんな答えを出すのだろう。

次はこれが読みたい。
フロイトも気になる。

posted by 蓮 at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

むぅ。。。

存在の消滅≠死
死は行動、自分がそこにいたという事実はなくならない。
存在するかしないかが根本にあるのなら、生も死も状態でしかない。
しかし、死んだ当人は、死によってそれ以降の世界を見る事はない。
見る事のできない物の存在の有無は知ることができない、
ならば本人に限って死=自己の存在の消滅=生きてきた世界の消滅ということも言えるのか。
世界が想像上の物でしかないのなら、想像する者の死=世界の消滅なのだろう…。

祈るという行為について考える。
困った時の神頼み、神とは誰か?
そもそも神は存在するのか?
神が人を創造したのか、
それとも神こそ人が作り出した虚構なのか。
神が人の作り出した虚構なら、祈りも虚構でしかない。ただ、こうであって欲しいという願望を思うだけの無意味な行為なのだろうか。
今はなき死者に祈りをささげる、天国にいるであろう死者に。
しかしこれは祈る者の自己満足、エゴでしかない。
死後の世界を見た事がないのなら、それが存在する事すらわからないのだから、天国にいるかどうかすら謎である。だから所詮祈る者が創造した虚構の世界に過ぎない。
ただこれで祈る者の心は満たされる、あるいは救われる。
つまり、神、祈りとは、その人にとってのエゴに過ぎない。

なのに何故卒制のテーマに祈りを選ぶのか。
祈り=エゴが現実だとしても、想像の世界では神も天使も存在する事ができる。
絵とは虚構。どんなに現実と似せて描いても現実と同じものは描けない。
太陽は赤ではないし白でもない。
だとしたら、どんな形であれ、その人が描いた物がその人の個性なんだろうか。

身体がだるい。
posted by 蓮 at 21:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 毎日 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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